夜中に部屋を整理する

投稿日: コメントするカテゴリー: MacPC仕事体調特性衝動性過集中・こだわり

生けられたあじさい01

 

ほぼ日中を寝て過ごしていました。今日は精神科医療費の補助を受けるための書類を役所へ持っていこうと思っていたのに、です。なかなか外へ出れませんが、今月末の締め切りまでには持っていこうと思います。

どうもここのところ無気力な状態が続いています。せっかく始めた犬との比較的長めの散歩もさぼり気味だし。夜になってようやく何かしようという気持ちがわいてきたので犬を久しぶりに洗ってやり、衣類などをほったらかしにして散らかしていた自室を整理し始めることにしました。これもあんまり集中してやるとへとへとに疲れるまでやってしまって後々こたえるので「もう少しやりたい」という気持ちを抑えて夜中にシャワーを浴びてさっぱりすることに。
そして今はこれを書いている。このことは「正解」だと思います。

前から書いていることですが、僕には昔から「具合のわるい時ほど身の回りの整理をしたがる」という癖があります。極端な場合には、微熱のある時なんかに部屋を掃除したくなる。そして実際にやる。すると翌日ベッドで一日過ごすはめになるわけです。
考えてみれば今日へばっていたのも、昨日母親がデイに出かけている間に両親の部屋を掃除して布団を干して毛布を洗って・・・といろいろとやった、その反動なのかも知れません。

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荒々しい海の気持ち

投稿日: コメントするカテゴリー: フォト介護仕事依頼作業気持ちの整理生活親の療養生活

荒れる海01

久しぶりに海を見たいもんだなあと思う。それも穏やかな青い海・・・ではなくて、「もう自分でも何をどうしていいかわからん!」とでもいうように白波を高く上げて激しく荒れた海を見たい。

たぶん、今の自分がそんな心境だからかも知れない。ただ、波しぶきを高く上げるほどのエネルギーが、今の自分にはない。なにせこの前の記事が「理想を追わない」というぐらいのものだ。自分にエネルギーを感じないのだけれど、どの方向に向かうのかがわからない苛立ちや焦りやこれまでの憤りやらがこころに「怨念」みたいにしてあるのは感じる。

でも今は車を走らせて海まで行く力は出てこない。まあ、第一ガソリン代をもったいないと思ってしまう。近県まで走れば見れるのにそれさえもったいないと感じなくてはいけない状況がなさけない。

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理想を追わない

投稿日: コメントするカテゴリー: 仕事依頼作業同居犬特性特性への工夫

来た頃のチロ01

もう8年くらい前になるのか、うちに来たての頃のお犬。ワクチンを打ってから先生の指示でまだしばらくは外にも出さず、家の中で過ごしていた。考えてみればこの時からずんぐむむっくりの奴だったなと思う。自分もまた新しい環境に入り立てで、夜は犬を柵から出していっしょに寝るようにしていた。すると朝も5時半ごろに起きだして顔を蹴ったりするので「お前、まだ早いやろう」と早朝から一悶着起こしていたのを想い出す。

両親も高齢だし、自分も昼の生活があって外へとでてしまうのでもう犬を飼うのはどうだろうか?と思うところもあったけれど、このままでは「落ち着いた」というよりは「さびしい」雰囲気に家全体が包まれてしまう気がして、ちょっと無理をして飼うことにしたのだった。まだ両親もぎりぎりのところで健康を保っていたし、いまのように頻繁に医者や介護に関わるようなこともなかった。年に一度程度は少し遠くまで旅行にも出かけられた。

あの頃、自分を取り巻く人がまた次第に増えてきて、それと共に、何に起因しているのかわからない、小さな頃から感じ続けてきた人中での不安や気持ち悪さも強く再燃しかけていた時期だった。理由の根っこに生まれつきの障害があったからだとわかるのに、さらに数年を要した。

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まっすぐ伸びれなかった木

投稿日: コメントするカテゴリー: アメリカ合州国軍オーディオ・音楽人との関わり侵略戦争把握と対処特性生活社会

今いちばんお気に入りの家入レオちゃんのYouTube動画でも貼ってみようか。「ハナミズキ」のようなしっとりとした曲も好きだし、リズム感と若さに溢れた疾走感のある曲も好きです。

最近BSでテレサテンさんの特集番組をやっていたのを観ました。子供の頃、番組中ドリフターズの長さんにきれいなおでこをペタンと叩かれていた彼女をまだ覚えています。BSの特集の方はそのもっとあとのこと、彼女が歌手としての全盛期を迎える中で、祖国の民主化を望む思いがその歌にも行動にも現れていくストーリーを綴っていました。天安門事件で民衆の思想信条の自由を力で踏みにじった当時の中国共産党政権への抗議の意思と、それにあらがう人たちへの共感が、彼女の歌う力にもつながっていたのだと今になって知りました。

天安門事件については、湾岸戦争(第一次イラク戦争)や「ベルリンの壁崩壊」なんかを契機に評価を高めつつあったアメリカの24時間ニュース専門ケーブルテレビ局CNNの記者が、最後まで現場にとどまってよくその様子を伝えていたように憶えています。あれからCNNはアメリカでも割と中庸な、事実にできるだけ寄り添って伝えることを大切にする局として発展していったのではないかと思うのですが、2001年に起こった「9・11」事件でワールドトレードセンター2棟が崩壊してからは、「私達もアメリカ合衆国のメディアである」との立場をとり、政府の報道統制に従う姿勢を鮮明にしました。それは僕にはとても残念なことでした。

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「いい写真」

投稿日: コメントするカテゴリー: iPhoneスマートフォンフォト

去年撮った雨の中のハスの葉

本当は発達の支援員さんの勧めもあり、近く相談に行く父母の介護の件をかなり書いたのだけれど、なんだか気持ちが重くなってきたので消しちゃいました。じゃ、何を書こうか。久しぶりにカメラのことでも。今年に入って一眼レフを持ち出したのは春に梅を撮りに行ったのと、しばらくしてやはり桜を撮りに行ったのと、公園に春の草花を撮りに出たのと、夕方の植物園へ行ったのと・・・それぐらいかな。3月のかかりあたりまでは寒くて動く気になれず(暑さ寒さに本当に弱いなあと思います。)、犬の散歩ぐらいには出ようと思い始めて、iPhoneをカメラ代わりに近辺の写真を撮ったりもしました。

iPhoneのカメラ機能って、ネットでの比較記事を見ても抜きん出ているところがあるようで、今時のアンドロイド機なら1000万画素を超えるような解像度を誇るセンサーを搭載しているのに、iPhoneの800万画素の映像になかなか叶わないということもあるそうです。実際アップルのサイトに行くとiPhone6や6plusで撮った写真がたくさん掲載されていて、確かに美しい。

でも僕が思うに、写真って結局何に気持ちを打たれたか、その風景にどれほどの想い出が詰まっているかで自分にとっての良さが決まるのであって、「わぁ、これはきれい」という写真は世の中にわんさかあるけれど、ある意味機材がそろっていて一般的にきれいだと誰しもが感じるだろう風景さえ撮れば、それらは一応人の胸を打つ。でもその写真が自分にとって良いかどうかというのとは、それは全く別のことだろうと思うのです。

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定型人のウソ

投稿日: コメントするカテゴリー: 人との関わり特性

まだ緑のあじさい

変なタイトルになりました。発達障害と対の人たちのことを「定型発達」者と呼ぶことがあるそうです。要するに世の中の多くの人がそれに含まれることになります。発達障害者はウソをつくことが苦手だと言われます。たとえば人が絵を描いている。それを前にして普通は「上手だなあ」とか言うもの。それをいきなり、「なんか実際とは違うように見える」と言えば描いている人によれば不審に思い、もしかすると不快に感じるかもしれない。けれどそれを言っている当人は別に相手の絵をけなしているわけではないのです。そう自分に見えるという事実を話しているだけ。

僕は(自分もそうなのですが。)花粉症なんかで人が鼻をクシュクシュしているのを見るのが我がことのように辛いので、これまでそういう場合にティッシュを出して「どうぞ使って下さい」と言うことがよくありました。けれどほぼ100%の確立で相手の方は「いいです」と断られます。これをなんでだろうと今でも不思議に思っています。おかしいな。おそらく相手の方にしてみると、なんだかそれはおかしな行動なのでしょう。本当に身近な人でない限りは、「ああ、どうも」とティッシュを使う気にはならない何かがあるのでしょう。

これらのことは「ウソ」とは関係のないことのように思われますが、いい意味で相手の気持ちを損ねないようにしている定型の人たちの「配慮」というのがあるように思われます。つまり、こころの中の自分の意図とは違うのだけれど、その通りにすると相手の気持ちを損ねる恐れがあるからその通りには言わない、動かない。いい意味での自分に対する、あるいは相手に対する「ウソ」というものがあるような気がする。
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