プロフィール

topimg0201

 

 

「またあるきだせる」

大人になってからお医者さん(精神科)に通い出したり、福祉施設を利用したことがきっかけで作ったサイトです。

1996年ごろからハンドルネーム「Kazuya」のちに「かずや」としてサイトをアップしてきました。
当時は精神科通院やそれにまつわる内容が主体のサイトでしたが、今は文章に写真を織り交ぜて、せまい生活範囲のこと、障害にまつわっていそうなこと、その他のことを記しています。

 

発達障害(特定不能の広汎性発達障害  PDD-NOS)があります。

40代の半ばになって診断されました。
集団の中にいるのが苦手で、小学校から途中で離れた大学に至るまで、学校生活を楽しいと思えたことはほとんどありません。人との関わりの部分で障害されているところが最も大きいように思います。一度関わった人たちとはなんとかつながりを保とうとがんばります。けれどそれにどうしても無理な要素が入ってきた場合、今度はその場にいられなくなります。もうそこに立ち入ることができなくなったりします。
仕事も、数年続けては辞めることの繰り返しでやってきました。

サイトはそんな自分が生きて行く支えになればと思って続けています。(もうやめようかと思うこともありますが。)

 


 

その他の主な障害特性と日常のツール

システム手帳/モレスキンのノート/iPhone5cを経て nexus5。その後honor6plus/Mac Pro(Early2009)/MacBook Air(Late2010,2012)/カメラ(PENTAX K-5)…

 

発達障害は、自分のそれについて受けた説明では、人が生まれてから本来は平均して伸びる能力の一部分に伸びないところがあり、逆によく伸びている部分ができることもある。その差が大きいと社会生活に支障が出てくるというものでした。

ざっくりと絵にすればこんな感じ。点線を能力の各分野、緑の正円を平均値、オレンジの線が僕の各能力であるとします。

 

gurah

もちろんほとんどの人に得意なところ、不得意なところがある。なので能力の値を結んだグラフがまったくの正円になるということはないでしょう。ただ、それぞれの能力値に凸凹があるとしてもそれが障害にならないのは、上の図で言えば能力値を表すオレンジの線がほぼ円形を保って平均値前後にまで伸びている場合。

これが上のように、不得意なところが平均より大きく落ち込んでいて、得意なところは逆に少し高めに伸びている。なのでその差が大きく開いているということが障害の「元」になるんだそうです。「元」と書いたのは、能力の高い部分が、たとえば仕事上認められ生かせるものであればそれで生活は成り立ち得る。けれども発達のへこんだ部分が仕事で求められれば、相当の努力をしても満足のいかないことの連続になります。それで社会参加がうまくいかずに困ることになれば、それは障害となります。

試しに「発達障害 有名人」などのキーワードでググってみてもらうと、生活が成り立つどころか、むしろ社会的に大きな活躍を見せている人の多い例がたくさん出てきます。ただそれは伸びている能力が平均よりも大変高く、なおかつそれを生かせる場につけている(開拓した)人たちのことです。
僕の場合のそれは高い部分がそんなに飛び出ているわけでもないし低い部分は確かに低いのでその差が大きい。この差が大きいと、まず人との関わりに必要な要素が障害される。そういうことらしいです。今は加齢も手伝って能力も全般に落ちてきているなあとさびしく思っています。

発達障害者のありようはとても多様なので、最近では細かなカテゴライズはせずに「自閉症スペクトラム」という用語が使われることが多いようです。

 

・・・・・・・・・・・

 

記憶があいまいになりやすいため、予定や大切なことはシステム手帳に記すと共に、ToDoと合わせてスマートフォンにも入力しておく。その情報はMacでも自動で共有されます。逆も可(Macに予定やToDoを入力しても自動でスマートフォンに反映される。)。

思考が偏りやすい(黒か白か、自分はいつもダメ…)ため、しんどい時にはモレスキンのノートにそれらを書き留め、合理的な考え方を探る。支援者(医師や相談員さん)への相談内容も書き留める。認知療法みたいなものでしょうか。書くこと自体がしんどい時も多いのですが。

Macにはイラストレーターとフォトショップ、インデザインをインストール。生活には足りなくとも長く続けてきたアルバイト等に使用。Aperture(「写真」アプリと併用)で、撮った写真の管理、ネットをうろつく、ブログを書く、小型アンプをつないで音楽を聴く。YouTubeでお気に入りの動画を観る。聴く…。

仕事以外はスマートフォンでも代用できること多数。今ではクルマのナビ(地理音痴なのでこれがないと目的地につけない可能性大。)にも使用。

発達障害者にとってノートやメモ、あるいはスマートフォンなどのツールが生活に役立つ部分が大きいように思います。

  • 短期記憶量の不足の補い。特に人とのやりとりが関わってくる場合。
  • 視覚による方が理解がしやすい。具体的なかたち(文字や絵など)になっているとありがたい。電話よりメール、など。(僕の場合は小さな頃から聞き間違いや聞き取りにくさ、「空耳」が多くありました。)
  • 思考の整理。いろいろなことに考えが飛びやすいため、紙にそれらをまとめるとある程度整理される場合がある。

他にiPod 5generation。主に車内再生専用で利用。
COSMOSさんに「アイドル好き」を見破られる(笑)。けれど僕のそれは自分が20代までに聴いていた人たちが主です、つまり年相応なのです、言い訳すると(笑)。

イヤホンを耳に付けるのが苦手。関係ないようであると思うのは、なかなか自分に合う服がないと思う。からだへの触感。自分にとって意味のない音に過敏。クルマの走行音、お店で繰り返される音楽、人の大きなくしゃみ、大きな話し声など。

「目にうるさい」と感じることも多い。情報を一度にたくさん抱え込んでしんどい。その時必要な情報を取捨選択するのがヘタ?
街中の多数の看板をいちいち自動的に読んでしまって疲れる。電線がたくさん空を覆う光景などを見るとしんどくなることがある。これは若い時ほど特にそうだったなと思う。

部屋もできればあまりモノのない方がいいと思うものの、あまりしまい込むと何をどこにしまったかわからなくなる危険があるため、結局目につくものが増えてしまう傾向がある。すると今度はまたそれを片付けたくなる。ストレスが溜まる。物を失くしやすい。

近くにお店も病院もなく、公共交通機関が苦手なのでクルマは大切な移動手段。現在は主に親の通院付き添い用。運転できるのは幸いだと思うけれど機転を利かせた操作は苦手。人と話しながらの運転では注意をそらされやすい(信号を見落としそうになる、など。)。物事を並行して処理するのが苦手。

その他、身に覚えのある特性は多数あるのですが、一度には書ききれません。またおいおいと。


 

「ハサミは人に投げて渡さない」

生まれつきの障害とはいえ、生きて成長していくほどにその生活経験からやはり発達していく部分はあるようです。たとえば僕は20代にアルバイト先で、「ちょっとそのハサミをこっちに投げて」と言われて本当に投げたので周囲に随分引かれた!ことがある。まあ、こちらの「率直に反応し過ぎる」「とっさのことに弱くて慌てて動いてしまう」性質を知っていて「ハサミを投げて」なんて言う人もずいぶんひどいなと今になると思うものの。

でも今は人にハサミを投げてはよこさないことぐらいは分かります。それはその時に随分「引かれた」という経験をしたから。どうしても限界はあるけれど、そうして失敗の経験を積み重ねたり、人のすることを真似たりするうちに「常識」が身についてくるということはあります。