一眼レフカメラ親の療養生活

「ほぼ日手帳」も併用

このあいだ久しぶりに一眼レフを持ち出して撮った空。
一眼レフ、なんだか使い方を忘れていて、f値なんかが自分的に適正でなかったりして反省点が多い。というか、使わない間に目の状態が変わって(老眼が入ったりして)メガネも変えているので、もう一度ファインダーの調整なんかをやる必要がある。

その前に、最近はでかい一眼レフで写す気力が失せてきているので、軽いミラーレス一眼なんかが欲しくなってきている。オリンパスで宮崎あおいちゃんがCMやってたようなやつ。センサーの大きさがマイクロフォーサーズという規格で一般的なAPS-Cよりも小さいのが特徴になっている。あれくらいの小ささ、軽さが今の自分にはいいんじゃないかな。外に出ることができさえすれば。

手帳について。

手帳をどうするかは前のノートでも書いたのだけれど、そこでは結局これまで通りシステム手帳の中身を入れ替えて使っていこうということにしていたのだけれど、それはそうするとして、やっぱり「ほぼ日手帳」も欲しくなってきたのでそちらもまた併用して使ってみることにした。

幸いカバーは数年前に使っていたものをお薬手帳や診察券なんかを整理するために転用しているものがあるので、手帳が届いたらそれを付けようと思う。

どうしてほぼ日手帳が気にかかるかというと、1日に割かれているスペースが多いところ。今、少し考えていることがあって、そのためにはアイデアをできるだけたくさん浮かべることが大切なので、1日のスペースが多ければその日に思いついたことが余裕をもって書けるだろうと。

別にアイデアを浮かべるのに日にちは関係ないのかも知れないけれど、その日のスペースがそこだけしかないと思えば、その日の間にそこへ書き込むという動作をしたくなるんじゃないかという期待を持って。

母親の調子が良くない。ちょうどノートのリフィルを買ってきて食材なんかもついでに買ってマックで自分用の夕食をとった後、帰宅したら母親がベッドでおなかを押さえてしんどがっていたので聞くと、昼頃から痛みが走ってそれがだいぶ強いのだという。救急車を自分で呼ぶことも考えたというので、それなら以前内科を見てもらった病院が自分の車を走らせても早く着けるので救急に行くことにした。

救急は、やはり母親が今年の2月に骨盤を折って救急車を呼んで以来のことで、行ってみると救急診療の初診に新たな加算がされていた。これが5400円という結構な額で、今年の4月から適用になったということで、これだけの額を払ってもぜひ診てもらいたいという人間だけがかかれるようになっていた。高いけれども以前の同じ病院の救急とは思えないくらい待っている人が少なかった。

救急診療は、確かに以前はもはや救急とは呼べないくらいに「救急を要しない人」が利用していたのだろうと思う。自分中心が行き過ぎているところもある今の時代では、病院が決めた診療時間やかかりつけ医の紹介を基本とする大病院の診察というようなシステムを無視して、いきなり救急へかかるという人も多くなってしまった。そのため本来なら不要な大きな加算が付いて、本当に救急の医療が必要な人間にまで被害が及んでくる。

それで母親はどうだったかといえば、いろいろと検査はしてもらったけれども結論として大きな病変は見つからず、一時はそのまま入院という事態も覚悟したけれどもお薬をもらって帰宅することができた。その後様子をみているけれども、痛みは相変わらずあるにしても一通り検査してもらったためか、母親自身の気持ちとしては落ち着いているようだ。

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