iPhone7Plus

iPhoneと手帳

なぜか手元に中古のiPhone7Plusもずっと持っています。ZenFone5を手に入れる前から。

この間、「見た目iPhone」にしたZenFone5のことをノートに書いたのに、なんだか「見た目」を真似たいのならそもそもiPhoneを使ったらどうなの?と思うようになって、simカードをiPhoneに入れ替えてしばらく触っていたら、なんだかそちらもやはりいいように感じて来てしまい、ZenFone5は初期化してしまいました。

なんと移り気なんだろうと自分について思いつつ、でもiPhoneの使い心地はなんだか自分に優しい。「戻る」ボタンがないのが心もとないかなと思っていたけれど、iOSでアプリを終了させる時には躊躇なくホームボタンを押せばいいのだと思えば、それはそれで気が楽です。サイトのページを戻りたかったらさっと左から右へスワイプすればいい。トップへもすぐに戻れる。
カメラも、最新のAI技術はないけれど、癖がなく自然に撮れるという意味ではiPhoneのカメラは「鉄板」だと思います。

そういうわけで、実はしばらく迷っていたスマホの選択は、最終的にはandroidからiPhoneに戻る、ということで落ち着きそうです。

これでスマホについては一応、落ち着いたということにして、年末が近づくにつれ考えることのひとつに「手帳をどうしよう」というのがあります。これまで一番長く使ってきたのは、今から20年以上前に購入したシステム手帳です。もちろん今やカバーだけが原型をとどめていて中身はすっかり変わっています。6年ほど前にはモレスキンのノートブックを買って、こちらは自由帳として併用していました。
ただ去年の夏にかかる前あたりからこれまで、エネルギーが落ちてしまって意欲も衰え、メモもこまめにつけないようになり、まとまった文章も書かなくなりました。

今でもエネルギー、意欲が戻っているわけではないし、現実の問題が目の前にいつも壁のようにあって落ち込んでいるので本来は手帳どころではない自分なのですが、かってはつけるのが楽しみのひとつでもあった手帳もまたまめにつけてみるのはどうだろうなどと思い始めてきました。

それで目先を変えて、数年前に一年だけ使った「ほぼ日手帳」なんかをまた使ってみたら面白いのでは、とか思ってみたのですが、1日1ページ形式の手帳を前にして、果たしていきなりそれを有用に使えるものかしらと。でもあればあったで逆にそれが手帳に向かう気持ちを呼び起こしてくれるかも知れないし。などと考えながら、今はひとまず従来のシステム手帳のリフィルを整理して内容をシンプルにしてみました。

スマホをうろうろと持ち替えたり、手帳のことを考えたり。なかなか無駄遣いなこともしていますが、最近は一眼レフカメラをもう一度使おうかと、試しに室内の犬の様子を撮ったりもしています。やはり一眼レフカメラは写りがいいなとか思いながら。思えば小さな頃から目の前にはいつも悩みの壁がありました。それは人の中へ出て行くことへの不快な緊張だったり、人との関係をずっと何年間も悩んだり、それに絶望したり。勉強や仕事があるところで決定的にできなかったり。

自分の中の発達の凸凹と現実とが整合しなくて起こってくるいろんなことを「運のなさ」だと考えて悲しんでみたり。けれど確かに運がないといえばそうかも知れません。この場合は生まれつきの運のなさです。自分がまた大勢の前で自分のことを話す時があるとしたら、自分がその特性のために、人生で積み重ねてくるべきことをどれだけ積み重ね仕損なってきたかということになるのかなあとこの間漠然と考えていました。そういうお話があるわけではありませんけど。

けれど今は今なりに日々自分なりに積み重ねも、浅いながらもしています。ただこれまでその機会は自分には圧倒的に少なかったなあと思いながら。

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