生活

台風がいきました

去年に父親をなくしてからいろいろとやることが面倒くさくなってしまい、時間があると疲れて横になることが増えてしまった。おかげで?一時10キロ近く減った体重なんかは戻ってきたけれど、戻ってきてしまったけれど、いろいろと面倒なのは一向に直る気配がない。部屋も、以前は一週間に一度は整理して掃除機をかけることが出来ていたのに、今はもうずっと置いたものはそのまま、掃除機もかけることがなくなった。これではいけないと思って少し整理しかけても途中でどうにもしんどくなってきてまた横になってしまう始末。

この日常ノートも、キーボードを打つのがどうにも面倒で、また、内容を考えるのが(以前は何も考えることなく打ち始められていたのに。)面倒くさくて、ついに一ヶ月に一度つけられたら上々という感じになってしまった。夏の暑い間はそもそもマックを起動することも少なくて、ネットはもっぱらスマホで見ていた。

今年は蝉の声を聞くことが少なかった。やっぱり蝉にも暑すぎたんだろう。そうこうしているうちに9月になり、もう秋の虫が鳴いている。一番すごしやすい時季に向かっているけれど、一眼レフカメラはじっと部屋に置いたまま。カメラもスマホに頼るようになった。それでもあまり撮らない。仕事はゆるゆるとやっている。それが許される環境なのであまり肩肘張らずに、がんばろうと思っている。でも、それにもちょっと疲れてきた。

大型の台風が来て、しかも昼間に来て、その風の威力や大きな音やらを昼間、家の中から生で見ていた。表側の窓に雨戸がないので、電線が垂れ下がっているのや物が飛ばされているのやらが目の前で観れた。電柱が倒れるほどの威力だと聞いていたので家のかどの電柱は大丈夫だろうかと思っていたけれど、そして、もしかするとすぐそばにある高圧鉄塔も倒れてきて家を潰してしまうんじゃないだろうかなどと半分本気で考えてその様子を想像したりもしていたのだけれど、幸いそのどちらも起こらなかった。

これもしんどかったけれど周りに迷惑をかけたらいやなので家周りの最低限のもの、主に父親が残した植木鉢なんかを風が強くならないうちに表から風の当たりにくい裏へ片付けた。果たしてそれは正解だったなと思う。ああ、結構強い台風だったけれども、うちは被害というほどのこともなく済んだ・・・と思っていたら、ある時スマホがWi-Fiをつかんでいないことに気がついた。おうぎ形のWi-Fiマークは画面に出ているのにネットに繋がらない。

これはもしかするとと思って2階の光回線の端末を見に行ったら、オレンジの警告ランプが出ていて回線に不具合のあることを伝えていた。なんでだろうと壁の、光ケーブルの入り口を見てみると固定しておいたはずの線がだらんと垂れ下がって足元で邪魔をしている。たぐりよせてみたら壁の穴からするっと線の切れ端が出てきた。ああ、うちにも被害はあったんだ。そういえば台風のさなか、窓からそとを見ていたときにその光ケーブルもえらく垂れ下がっているように見えていたのだけれど、その時にはそれが大きな不具合につながるとは考えもしなかった。もちろん電話もつながらない。

なんとか業者に連絡をつけて昨日には復旧してもらえた。大災害のときだからそういうこともあって当たり前で、不便は感じるけれども「申し訳ない」と謝る電話口の方にはかえって恐縮してしまう。普段の何気ない生活もいろんな人に支えられて持続できているのだなと、こんな時に思う。

台風がいきました” への7件のフィードバック

  1. 台風、本当に怖かったです。防災意識を高めないといけないと思いました。そうですね。普段の生活を支えてくれている人がたくさんいますね。

    1. こんにちは。
      あちこちで水害や地震、台風の被害が増えていて、これまでの「自分だけは大きな災害には遭わないだろう」という「自信」がなくなってきています。自分がその時のためにできることはしておくことだなぁと思います。

  2. 昨年の8月の後もずっと読ませてもらっていたのですがコメントできていませんでした。お父様を亡くされて1年過ぎて、その存在はどのようになられたでしょうか。
    今年は確かに台風や地震やらが多かったですね。私も実家(関西)が先月台風で、屋根瓦が飛ばされましたがまだ復旧してません。
    私の場合この季節になると特に悲哀感、寂寥感がきついようです。体調も悪くなり、もう限界と思うことがありますが、そんな時思い出すのが、また歩き出せるというタイトルです。
    もしよろしければ、top pageの海岸の写真をいただけまませんか?(全く急ぎませんので)

    1. 刹那さん、お久しぶりです。ずっと読んでいただいていたとのこと、ありがとうございます。実際にはあまり更新もできていないサイトですけれども、そうして見守って頂いる方がいると思うと本当に嬉しいです。
      父親は、まだ自分の中で生前のまま生きている感じです。どこか遠くに行ってしまったという感じがありません。私に優しくもしてくれ、時に接触するのにも気を遣っていた父親のままです。最後に近い時、父がベッドでもうろうとしていた時、「おやじ」と話しかけたら一瞬表情が変わり、意識がまともになった様子だったのを今でも思い出します。その時に僕は「これまで親不孝でごめんな」と話したのですが、そこまでは認識できたものかどうか、わかりません。でもどうせなら「これまでありがとう」とも言っておきたかったとこの頃思います。
      老いた母親と二人になって、家のことは自分に任されるところが大きくなりました。大きな台風が来る前、父親が生きていたらたぶん木材と大工道具を持ち出して被害が出ないように対策をとったと思いますが、そんな器用さがない私にはほとんどそれらしいことができません。
      今の時季、わたしも悲哀感の強まることが多いです。暗い時間がすぐにやってくるこの時季がそうさせるのでしょうか。夏のエネルギーが急速に落ちていくのにつられるのでしょうか。自己否定もあります。わたしの場合、その悲哀感はおおむね自己否定感にどこかでつながっていたようにも感じます。どこか郷愁のようなものともつながっている気のすることもあります。以前診て頂いていた先生が「悲しみをすべて悪いものとは思わないようにして下さい」と最初の頃、おっしゃっていたのを覚えています。でも自己否定が伴うそれはしんどいですね。どんな時にもどこかで自己肯定のできる最後のひっかかりみたいなものが用意されていれば・・・と思ったりします。
      わたしのサイトの名前が、刹那さんにとってもしそんなもののひとつに入っているとしたら、わたしにとって本当に幸いです。
      写真、遅くなりましたが用意しますね。しばらくお待ち下さい。

  3. お写真さっそくありがとうございました。デスクトップピクチャにしました。大事にさせていただきます。暗い海の写真が心に迫ります(どこの海なのでしょう?)。
    優しいお父様だったんですね。自分の中で生きているという感覚はなんとなく分かります。それとはまた話が違いますが、私も、昨年から今年にかけて身の回りで何人か失くしましたが、彼らの良いところを自分の内面に引き継げたら良いなと思っていました。
    確かに悲しみは悪いことだけではないのかもしれません。落ち着いて周りを見渡したり、物事に取り組めたり、他人に優し目にできたりすることはあるかも。

    私も90年代後半に数年だけサイトで文章を書いていたのですが、ずっと続けられているかずやさんは凄いと思います(書籍にされてはなどと思ってしまいます)。これからも無理が無い範囲で文章を書き続けていただけると嬉しいです。勝手なお願いですが。

    1. 写真をつかって頂いてありがとうございます。福井の海です。なんだかまた行きたくなってきました。
      わかれの後、そんな風に思われるのは、いった方々にとってもうれしいことでしょうね。
      悲しみは、私はできれば味わいたくありません。医師の言葉にも当初は反発しかありませんでした。けれどこれをうまく味わうことでおっしゃるようなプラスの作用もあるようだとは思います。それには、其の悲しみに十分に見合うだけの自分への癒しが必要なのかも、と最近は思っています。
      お言葉、励みになります。ありがとうございます。

  4. やはり、北陸の海でしたか。どうも日本海の光景に惹かれるようです。
    (実際、引き寄せられるように石川県に一時住んでいたこともあります)
    私の場合、失くしたのが親というわけではなかったので、かずやさんの悲しみには到底およぶものではないと思います。しばらくは未だ御身お労りください。

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