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億劫も時には大切か

前はある程度の解像度のモニターでもかなりスクロールしないといけないくらい文章を書いていたのに、去年の初夏あたり、父がいった頃から始まった「普通と鬱の中間」状態に入ってからはこのノートもあまり書かなくなりました。書かなくというよりは書けなくなったという方が正確でしょう。とにかく、このことばかりではなくて、いろんなことが面倒になりました。

以前は内容はともかくも両親の分まで含めてご飯の用意をしていたのが今ではほとんどできないし、掃除もしなくなりました。親がデイサービスに出かけた日は必ず布団を干して掃除機をかけていたのに、全然できない。トイレやお風呂についても同じです。掃除をしない。自分の部屋に掃除機をかけたのは一体いつ頃のことだったか。服も最低限のものを吊るしたっきり、あとは床に散らかしたまま。

ゴミはなんとか捨てているけれども、大型の不用品が出てもどうしたらいいかわからないので支援員さんにお願いして捨て方を教えていただき、この間ようやく幾つかのものを捨てることができました。でも、まだまだ捨てないとしょうがないものが家にはたくさんあります。大型ゴミでも捨てられない木材とかもあるので、最近、以前に父親の借り家の整理でお世話になった業者さんにお願いして一気に処分してしまおうかと思うことも。

食事は、母親の分はヘルパーさんが入って手作りのものを食べさせてくださっているけれど、自分のものといえばほぼ毎日スーパーで買う惣菜だとかセブンイレブンのおかずシリーズだとか、レトルトのカレーとか。およそ手作りのものは食べていません。ご飯だけなんとか炊いているという状態。本当に、いろんなことが億劫になりました。

その代わりにというか、前はいつも張りつめていた心の状態が緩んできたような気もします。張りつめているがためにいろんなことが許せなかったりしたのが許せるようになってきたり、先が不安で仕方なかったものがややマシになってきたり。まあ、何も現状が変わったわけではないんですけれど。
これは抗うつ薬を飲み始めてからのような気もするので、薬もある程度関係しているのかもわかりません。いや、だいぶ関係しているだろうな。以前の自分なら抗うつ薬とは相性があまりよくありませんでした。それが今のものは不快な副作用もなく、効いている感じがします。

サイトの改装なんかも、以前ならとても億劫でできなかったことに手がつけられるようになったのは、これはどういうことなんだろう。やり始めると熱中するのですが、なかなか自分の思うようにはできませんが。
ワードプレスの改装は、ローカルにサーバーを立ててやらないとその様子がリアルタイムで丸わかりになってしまいますが、今ではアフェリエイト目的のサイトが多い中、こんな地味な個人的なことしか内容のないサイトを訪れてくださる方もそうはいなくて、全く平気でリアルタイムでやっています。

そう、やらなくなったといえば自分にとっては大事なのは、写真を撮らなくなりました。これも以前ならシグマの17-70mmのズームレンズをメインにして、時々30mmの高画質な単焦点レンズを使い、ある時には定評のあるタムロンの70-300mm望遠マクロレンズやらかなり広角度が撮れる10-24mmなども持っていたのに、今は17-70mmのズームレンズ一つを付けたままの一眼レフが机に置いたっきりになっています。これでスマホでも撮らないとなったら、もう自分にとって写真が趣味ですとも言いづらくなってきました。

いっとき一眼レフの本体までも処分しようとしたのは、本体が大きいから今の自分には持ち出しにくいんだろうかという思いもあって、代わりに軽量な、今流行っている高画質なセンサーを搭載した小型ミラーレス機にでもしたらいいのかなという気持ちもあったのです。けれどスマホでも撮ろうとしないのだから結局カメラ本体を変えたところでやっぱり撮らないのではと思います。

家を出づらくなったということも、カメラを使わなくなっている理由にあるんじゃないかと思っています。もともとあまり外出はしない方ですが、両親が高齢になってから、あまり外へ、まして少し遠くの方へも出ていけることが少なくなりました。どうしても家のこと、親のことが気になる。実際、珍しく遠出をして撮影をした日に父親が倒れたと連絡を受けたということがありました。前日まで草刈りをしていたので安心してしまっていたところがあったのですが、高齢になるといつ何が起こってもおかしくないのだなと思った出来事でした。それから父の状態は見た目にわるくなっていったわけですが。

その父が入院していた去年の今頃、一時退院してくる父のためにと母親が珍しく一人で外に出て近くで咲いている紫陽花の花を切ってこようとした時に転倒して足を骨折しました。僕はその時買い物に出ていて、それを見つけてくださったのは近所の方でした。本当にちょっとした間のことだったのでこれも驚きました。
今年も母親はまた骨折して長い入院生活を送ることになりましたが、その時にはヘルパーさんが入ってくださった直後だったので二階にいる自分にもそれが伝わって救急車を呼びました。今でも多くの日数ヘルパーさんに入ってもらっているのは、食事のこと以外に、自分が外出している間に少しの時間でも母親の様子を見てもらえるからという理由もあります。母親は外から人が入ってくるのを嫌がりますが。

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