体調抑うつ的気分服薬求職生活リズム

新しい眼鏡がほしい

春に父親と駐車場の隅に植えた菊やコスモスの種が花を咲かせている。あの頃まだ父親は畑に野菜の苗を植えたりこうして花を植えたりできていたんだ。思い返すといろいろ悔やむべきところもあるのだろうけれど、今さらそれをしていても仕方がないように思う。夏から放ってある駐車場の一角は、こうして植物が育ってきて車をとめる場所が狭くなった。別に大きな自動車を2台3台と保有しているわけじゃないからそれでもいいのだけれど。

だいぶ前にいった台風で落ちた家裏の葉っぱの処理もまだできていない。そうこうしている間に山を吹き下りてくる冷たい風の音もし出して、明日からはだいぶ寒くなりそうだ。寒さが苦手な自分にとってはいやな時期だ。雪も、時にそれを明るく照らす陽の光も好きだけど、寒さは本当に苦手だ。

自分の先行きを考えると本当に思い詰めてしまうことが春からずっと続いて、それに父親のこと、母親の怪我のことなどが重なり、その上に仕事のことを考えなければならないとなんだか自分の限界線を超えてしまったように思われて、これまでいくら処方してもらってもほとんど効果を感じることがなかった抗うつ薬を試しに処方してもらったら、これが案外効いているように感じる。現実は何も変わらないけれどもそれをいつも思っては深く悩むということが以前より少なくなった気がする。食欲も前より出て来た。せっかく痩せたのにそれがいいことなのかわるいことなのかわからないけれど。

その上に一日の間、眠る時間も増えてしまっている。ただこれも、今までさんざん思い悩んだ頭の疲れをとる過程でもあるんじゃないかと思って、最低限のことだけして今はこの状態を許すことにしている。人には「これを飛び越えろ」とハードルを示されてきたけれど、ここに来て自分でそのハードルを少し下げてみようと考えている。まずは自分が飛べる高さにまでそれを調整することを許してもらって、それから「次」のことを考えていくのが現実的じゃないかと思い始めている。

眼鏡を換えないといけないなあと思い始めている。二三年前に比べて明らかに老眼やかすみ目が進んだ。パソコンで手元の資料を見て今度はモニターを見てということを繰り返す作業はよくあるけれど、手元の小さな文字は10年前ぐらいに作った近眼用の眼鏡では見づらくなり、モニターの小さな文字もやっぱり眼鏡を外さないと判読しづらいという状態になっている。なので手元とモニターあたりは両方ともすっきりと見える眼鏡をひとつ持ちたい。

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