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苦しいときのビートルズ

日差しのあじさい01

もうあじさいの時季だということも忘れていた。夏のような日差しを浴びてもしっかりと花を開いていた。

何十年も前の話、大学を半年休学して、それでもどの方向へ行くとも定まらずに結局元の学部学科に、今度は人より半年遅れて戻った頃、つらかった。興味のわかない勉強。やりたいと思っていた事ができなかった失望。やっぱり高校の時と同じように居場所は講義室と図書館だけになった。ひとりで行き帰りする校舎と駅との間。

その頃、たまたまビートルズの「Let It Be」の歌詞が耳に入って来て、その頃の心境と、「なすがままに、あるがままに」という言葉がなんだかぴったりとくるような気がして、歩きながら心の中で口ずさんでいる事がよくあった。

今また深い喪失感を味わっていて、これからしばらくのあいだ、いくつかのそれに見舞われることになり、その後も実際的な問題に直面しなければならないことを思うと、もう一度、あの何十年か前の若い頃の苦しかった自分が口ずさんでいた曲が思い出されてくる。

The Beatles 「Let It Be」

この曲がとても好きかというと実はその反対で、しんどかった時期にそれをなんとかやり過ごすために口ずさんでいたものなので、あんまり聴きたくないという気持ちの方がこれまでは大きかった。けれど今はまた、今の喪失感をなんとかごまかすのに、また聴かざるを得なくなって来たという心境。

日差しのあじさい02

あの頃、そして実は高校の頃からのことだけれども、あんなに我慢しなければいけなかったのはどうしてだろうと、思い出すたび悔しく思う。若い、一番自由に動ける、元気な時期を暗い気持ちでうつうつとしながら無駄な消耗戦を戦わなければならなかった。実際その後2年あまりを部屋にこもって過ごし、消耗したまま追い出されるようにアルバイトなどに出なければならなかった。

生まれてくるのがもう少し遅かったら、もっとわかりやすい、相談すべき場所もできていたかも知れないし、当時でさえ、人から強くすすめられていたら精神科にも足を早めに向けたかも知れなかった。けれどあの頃の自分にはそんな状況はなかった。助言をくれる人もいなかったし、どこに何を!相談すればいいのかもわからなかった。命の電話に一度かけたけれどもつながらなかった。当時は携帯がなく、固定電話で親の目を盗むようにしてかけないといけなかった。あれがつながっていたら。

けれど人生に「たら」はない。20代のおわりか30代の頃、主治医に、「人生でいちばん残酷なことは、過ぎてしまった時間には戻れないということなんですよ」と話してもらった事がある。あれから何度か仕事に出た。けれど3、4年すると疲れが溜まり過ぎてしまう。それは人との関係が気になる事に耐えられなくなった時と、仕事で自分の苦手なことができて悩み過ぎてしまう時と決まっていた。

日差しのあじさい03

ちょっと見方を変えてみれば、少し相談する場所が身近にあればそのまま続けていられたかも知れない仕事を離れてしまうということはこれまでに二度くらいあった。どうしてもそこを離れないと仕方がなくなったということもあった。発達障害の診断がおりてから、主治医が「これまで仕事に出て、たいていの場合はあなたのような症状なら数年も経てばそこに慣れて続くはずが、続かずに戻ってくるのが不思議だった」と話された。

あれからまた時間が経ち、最後に仕事を離れてからはもう次の機会は自動的には訪れなくなった。それまではしばらく時間が経てば偶然のようにして次の場に行けていたのが、もうそうしたことを引きつける力が自分にはなくなってしまったようだった。人をうらむのが自分のわるいところらしかった。けれども面接会場で、それまで何も接触がなかった人から「あなたでは民間は無理だ。あなたがいなくなったら施設が困る。迷惑をかけることになる」というようなことを言われたら、それが仕事につくことを支援する立場の人だけに自分には衝撃だった。それをずっと忘れることはできなかった。前の職場を離れたときにその記憶が一気にわきあがってきて、それを話したら、それは適当なことではないようだった。仕事のことは僕には禁忌になったように思えた。

けれども、どうしてもまたそれに向き合っていかないといけない。いくら最後は国の保護制度に頼ろうとするのだといっても、そこまでの道のりにはまだやらなければいけないことがある。以前に「特性に由来する恨みがましさ」というようなタイトルでこのノートを書いたことがある。それは体験した事実がいつも、何年経っても、それが衝撃的だったならば普通よりも強く、生々しく、自分の中の記憶として残っているということだったかと思う。そしてそれは本当にそうだ。何年経っても強く衝撃を受けて悲しかったり悔しかったりした事が、ついさっき起こった出来事のように思い出されてきて、それに対応する激しい感情がまた自分の中に再現される。親にも子供の頃のことを激しく非難する言動を大人になってから繰り返していた時期がある。そして親にとってはそれは遠い過去の出来事だから、「なぜそんなことを今さら」と不思議に感じ、こちらの激しい感情を奇異に思い恐れる。けれど自分にとってそれは遠い過去の出来事とは、その時にはなっていない。

それにしても、そこが自分にとっての障害ゆえの特性であり、生活上の障害になっている。それに一番自分が困っている。薬と、肯定的な示唆の力を得ながら、それを起こさない工夫をしていくしかない。けれどそれにはもう少しこころが平和でいられる状態がほしい。もう少し、あまりいろいろなことを心配する事のない静かでほっとしていられる時間がほしい。

The Beatles 「Hey Jude」

苦しいときのビートルズ” への4件のフィードバック

  1. かずやさん、こんにちは。
    コメントを、ずっと拝見していました。
    私は初めて ~Hey Jude~ を聴いた時、
    感動して涙が出そうになりました。
    ~Let It Be~ いい言葉ですね。
    難しくても、お互い目指して過ごしましょう。

    1. どちらも癒される曲ですね。
      前者は20歳の頃の自分の苦い思い出が重なります。
      後者は今のさびしさや恐れを補ってくれるものとして、
      子供を慰めるために作られたと言われているとおり、
      難解さのない、無邪気さをも感じさせるその曲調が
      いいなと思っています。

  2. 私もかずやさんと、かなり似た特性を持つものです。実は90年代によくサイトを拝見していました。タイトルがとても私に訴えるもので、人間関係につまずくたびに心の中で「また歩き出せる、また歩き出せる」と自分を鼓舞していたのを思い出します。これだけ長い間文章を書き続けられているのは凄いですね。

    1. この個人的なサイトが、その名前が、そんな風に人の気持ちに伝わっていたことを知ってうれしく、ありがたく思います。ありがとうございます。

      決して人にとっては快適ではない文章も多い、多かったと思うのに、続けて来たことを評価して頂いてありがとうございます。

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