雪もなく、でも風は冷たく

投稿日: カテゴリー: 不器用・苦手人との関わり介護仕事特性生活親の療養生活

伊根の海01

やっぱり親の部屋に当面一緒に寝ることにして、部屋の整理と自分の寝場所を確保するのにほぼ時間をかけました。父親は昨日とは一変して朝からまた外に出ていて昼間少しだけ帰ってきてはすぐに出る生活。僕は久しぶりにたくさんのものを動かして相当くたびれました。けれど部屋自体は整理したおかげで以前より逆に余裕を感じるようになった気がします。

考えてみると、日曜日、集まりの帰りに久しぶりに以前お世話になった方と偶然お会いするということがあり、その時に、その方自身がかなりの体の不具合を今は伴っておられることと、それから、前に施設で一緒で小学校でも一緒だった方が亡くなっているということを聞いて、帰りに何も持たずにお悔やみに行った話を親にしたら、その後父親の様子が悪くなっていったので、もしかすると案外ナイーブなところが出て、本人が気弱になったのかも知れない。その話を僕から聞いて、急に自分の症状についての不安感が増しての病院行きとなったのかも知れません。そう考えるとまだ救いがあるのですが。

それで、かなりくたびれてはいたけれど、校正作業をおとついの夜にやっておいたものを持って郵便局に行くのも兼ねて、夕方から犬の散歩と買い物に父親と出かけたのはいいものの、公園では山から吹き降ろしてくる風がすごく冷たくて参りました。犬が用をたすのを見届けてから後始末をしていつもより早めに車に戻りました。今年は雪が積もらない。なのにやっぱり寒いことは寒い。こういう冬はつまらないな。

伊根の海02

僕はドラマだと少なくとも三回以上繰り返して観なければ、ストーリーやら人間関係やらがよく分からないところがあります。長く半分昼夜逆転の生活を送っているので、夜中に起きてしまって録画してあるドラマを親の邪魔にならないように、だいぶ最初の回をもう一度観てみたら、「ああ、なるほど、こういうことだったのか」という再発見が多すぎる。「ここをつかんでおかないと見てても面白くないだろう」というような肝心なところがわかっていなかったりしていました。

そうすると、現実の生活でもこれまでこういうことを何度も繰り返してやってきたのかもしれないなと考えました。やはり人との関係というのは僕にはかなり高度なレベルのことのようです。それでいくつも失敗をやらかしてきたように思います。けれどもそれを発達障害のせいにすると、おそらく多くの人は、「障害に逃げている」と思うような気もします。何せ「障害に見えない障害」なのですから。これは厄介だ。おまけにそのおかげでうまくいかなかった出来事をずっと、いつまでも引きずるので、人との関係はより一層悪くなったり離れてしまったりして非常な幻滅感を覚える。そうするとメンタルをやられる。精神科の薬の世話にならざるをえない。父親が急に病院に行きたいと言い出してからしばらくは変な眠気やふらつきのくるリスパダールは飲むのをやめておこうかなと思っていましたが、父親のその後の様子を見てやはり飲んでおこうと思いました。

伊根の海01

nexus5のカメラが青のフィルターがかかるように写るのはもうこの機体独自の癖として仕方がないとしても、こんな真っ青な夏の海のような風景ならばそれが逆に生きてくる感じもします。パノラマ写真が湾曲するように自分には思えるのは、おそらくレンズがiPhoneよりも広角だからでしょう。このグーグル謹製のカメラアプリを使うと、パノラマだけではなく、空間をもっと立体的に広い範囲で撮れる機能も、確かあったような。しばらくアプリは別のものを使っているのでその機能を試したこともないのですが、また機会があれば一度試してみたいと思います。

明日はまた病院への付き添い。今日はやたらと口から「疲れたな」という言葉が出てきました。体がというよりも気持ちが。けれどもここでやれることをやっておかないと後で後悔しそうなので、決められた日にとにかく行っておくことだと思っています。それでなくても多くの人から見ればのんきな自宅での生活。自分ができることと言えば親のことに付き従う程度なのだから。

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