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突き詰めない

冬の木が空をあおぐ01

父親が夕方の買い物と犬の散歩をかねて出るとき、車から降りなくなった。寒いのだという。確かに。なるべく人気をさけて犬をしばらく連れて歩く。一日の唯一の運動。壁はやっぱりほったらかしになっている。そのかわり、唯一暖房をフル稼働させている親の部屋で春先までに仕上げる依頼作業をしている。

話が飛んでしまうけれど、この間、運転をしていたら前のスピーカーがおかしな音を出すようになっているのに気がついた。やがて音さえ出さなくなったので何が原因か探ろうと、パソコンの作業に疲れた合間にカーステレオの状態や前スピーカーの結線の様子などを調べてみるたけれど、特に異常なところもない。(スピーカーの結線の状態をみるとき以前したようにドアの内張りを外したらネジをひとつなくした。)
その後、最初からそれを試せば良かったのに、ステレオのスピーカーの結線を前後で入れ替えてみたら前が鳴ったので、原因はステレオそのものだとわかる。ああ、ネジをなくしてまでなんで最初にスピーカーの様子を見ようと無理するんだろう。この計画性のなさ。

今の20代くらいの人は車にあんまり関心がないという。僕らの頃は違った。たぶん、「車がないと生きている意味が無い」というぐらいの存在だった。そして必ず車内で音楽が聴けないといけなかった。だから今カーステレオがおかしくなるとそうして異常に慌てる。別に、2つスピーカーが鳴っているんだし、お金もないんだから応急に直したままでいい・・・なんてとても思えない。すぐにオークションで適当なものを探して手に入れようとする。普段は数百円でもかなり考えるようになっているのに、こんな時にその思考はふっとんでしまう。でも人間、少しの偏りはあって普通なのかも知れない、と誰かが言っていたような気がする。僕にとってそれはパソコンやスマホであり、そして車だ。飲んだり打ったり買ったり(何を?)しない分、デジタルガジェットと車の存在はとても大切になっている。

今のユニットも、一年ほど前に中古を数千円で手に入れたのだった。iPodから外部入力端子を通して音楽を聴いている。スマホにナビをさせている。スマホのナビはとても便利だ。専用機なら少し高めのものでないと機能としてついていない渋滞情報がふつうに表示されるし、地図の更新も早いし無料なのがいい。データ通信量も思いのほかとらない。僕は地理感覚が本当にだめで、空間として全体を把握するのではなく、点として今いる場所を把握する(そうしかできない)特性があるから、その点にまで行くのに迷いだすともうだめだ。なので僕にはナビが必ずいる。

父親の診察を終わって、帰ってから買ってきたものでおかずを作ってしばらくテレビを見る。甘利大臣は、あれはまっくろだな。「黒」という色が悪いという観念には抵抗があるけれど。ともかく追求さえしていけばどんどんと疑惑は膨らんで行きそう。けれど今の政権はその本人を表舞台から消すのに長けている。民主党政権時代には小沢さんをあんなに追求し続けた検察は、今はやる気をどこかにやってしまったかのよう。

賞味期限切れの、廃棄すべき食品が再流通しているのは、あれは「上流」も含めて「ぐる」になっているような気もする。テレビでは「最後まで食べ物として全うさせたい」と、生協の人がホームレスに食事を提供するNPO団体に廃棄する寸前のものを無償で提供しているところがさもすばらしいことのように紹介されていたけれど、あれがそんなにすばらしいことなのかなあ。どうせなら最初から新鮮なものを提供するのが本来なんじゃないだろうか。経済があるからそれは駄目というのなら、結局、それは人道的なことのように見えて実は「損をしないでええ格好をする」ことになるんじゃないだろうかとも思うけれど、それは書かないことにする。ああ、書いているか。

冬の木が空をあおぐ02

依頼作業は今回は写真の数が前の倍くらいになっていてその処理に手間がかかる。フォトショップのアクションで一括処理できるのならいいけれど、それぞれ大きさも違うのでアクションが使えるのはCMYKにして解像度を350に上げることと、手動で縦横比を決めた後決まったホルダーにPSD形式で保存させることぐらい。明暗もそれぞれで違うのであまりよくないものについては調整する必要がある。一日に平均して40枚ぐらいの写真を処理して配置している感じ。まだあと80枚くらいある。でももう疲れたので深夜、ノートを閉じて録画しておいた「いつ恋」を見る。「おまえ、何歳じゃ!」と言われそうだけど、このドラマには八千草薫さんも出ている。単純に「イケメン」「イケジョ?」たちがひっついたりはなれたりするんじゃなく、性差を超えてそれぞれに事情があり、それぞれに背景があることを静かに感じさせてくれるところは年齢の壁を越えていて、その空気感がいいと思う。八千草さんは僕が高校の頃再放送していたような「青春もの」にもよく母親役なんかで出ていた記憶がある。この人があえてまた出ているところに価値があるんだというような記事もネットでは見た。

ところが悲しいことに!自分には人の顔を覚えづらいという特性がある。特にテレビとなると「この人はさっき見たあの人だったっけ?」ということはしょっちゅうだし、第一ストーリーを追うのに難がある。かなり丁寧に見ているつもりなのに「あれ、この人とこの人との関係はどうだったっけ?」とかいうこともしょっちゅう。だから多分、これまで自分が見てきたドラマや映画で本当によく理解できたものというのは少ないと今さら思う。けれどもドラマを丁寧に見るだけのゆとりが出てきたのは、最近の自分にしては進歩だ。30代の後半からは活字を落ち着いて追えなくなった。やがてドラマもゆっくりとした心持ちで見れなくなった。いっときはバラエティばかり見ていた。そうしてこの数年はバラエティも見るのがしんどくなった。人から「どんな番組を見ている?」と聞かれて「ニュースぐらい」と話すと、「そんな、格好をつけないでいいんですよ」と言われたことがあるけれど、それは本当にそうだった。

依頼作業もなく、社会とのつながりを断たれて深夜に眠れないでいるとひどく落ち込んだ。おまけに今は新しい薬も試している。これは自分にはかなり感受性が高いもので副作用も高いものだけれど、確かに飲む前よりは心持ちが丸くなった。いや、ぎりぎりまで物事を突き詰めて考えてはしんどくなるということが、はっきり言うとできなくなっている。なので結果として心持ちが丸くなったような形になっている。ただ、先生に指示された半分しか飲めない。それ以上飲むと生活に支障が出てきそうでちょっとこわい。そのことはまたお知らせをしておこうと思う。

冬の木が空をあおぐ03

コンパクトカメラのXF1を手放そうかと思う。カーステレオにお金を使ってしまったことあるけれど、最近はnexus5のカメラで十分スナップは撮れるので、誰か、今それが必要な人の手に渡って活躍してくれたらいいと思うようになった。一眼レフを持ち出すエネルギーが減ったからとコンパクトカメラを持ってはみたけれど、それさえ持ち出すことが最近はない。でも買ってくれる人がいるんだろうか。たぶん今の僕と同じような状態の人(カメラはスマホのもので必要十分)って結構いると思うので。売れなかったら縁がまだあるんだと思って大切にしよう。

最近はまたiPhoneに帰ろうかな・・・と思うこともある。nexusがわるい端末だということではない。ただ、これは当初からだけれどandroid OSが僕には難しく感じるところがある。自由度があり過ぎてワンパターンを好む自分の頭では混乱してしまう部分がある。iPhoneは、「脱獄」さえ考えなければ単にストアからダウンロードしたアプリをホルダーに仕分けて順番に並べておくだけだ。それがあまりに変わりが無さ過ぎてandroidにしたという面もある。あるいは画面の大きさが5までのiPhoneではつらくなってきたという面も大きかった。けれど今にしてみるとiPhoneの、わるく言えばあのワンパターンを貫いているところが、自分には使いよかった。

ただいずれにしても今はあんまり物事を突き詰めて考えるべきではない。楽しみなことも含めて。考えないといけないことがたくさんあるにしても、あえて突き詰めては考えない方がいい。

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