ひきこもり不安と予測人との関わり家の改装気持ちの整理生活

仕方なく来る将来に向かって

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仮定として、「順当に」順番通りにいくとこの地域でひとりで過ごしていく将来がやってくるわけなんですが、それは自然の摂理!として致し方ないこととして、男の、特に中年域から高年域へと入っていく段階での一人暮らしというのはいろいろと困難が、女性の場合よりも多いらしいですね。

なんとなく予測はつきます。女性の場合、ある程度コミュニケーション能力のある人が多い傾向にあるようで、地域でのつながりが何らかのかたちで保てるのに対して、男っていうのは仕事でのつながりがなくなると地域でのつながりというものは持ちにくい人も多いらしい。簡単に言えばおしゃべりする相手が見つからない。出て行く場所も見つけにくい。とかね。

家の中でも、たとえば家事をあまりしないできた場合には自活能力の足りなさが露呈するでしょう。料理ができないとか、レパートリーが少なくて栄養の偏ったものしか食べれないとか。そもそも外出が苦痛だとするなら、買い物に行けるのかね?>自分。
洗濯も、単に汚れを落とすだけならほとんど機械がやってくれるけれど、シミを作ってしまった時にどうするか、あるいはシワを伸ばすにもアイロンがけなんかが要ることがあります。ボタンがとれたら裁縫道具を取り出して付けないと。それは僕が最も苦手な分野のことです。小学校の家庭科なんて大嫌いだった。

うちは両親ともが若い頃にほぼ自活していたので、健康に支障が出る前までは双方とも、そのあたりはどちらもが出来ていたように思います。自営で共働きだったから(母親の方はやや問題もあったのは子供の目から見ても感じていた部分があるしそれが今の僕の障害特性とだいぶ似ているんですが。)ともかく仕事を通して地域ともつながっていた。

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でも自分はというと、これまでの人生のうち、成人してから少なくともどこともつながれないひきこもりの時期を数年もったし、仕事に就いても一般的に人が職に就く形に近い場にいたのは数年間だけで、あとは障害者の職親制度をつかったりアルバイトをしたり、労働法が適用されない福祉施設利用者としての立場でした。そして今はまた調子を落としている。これはこれまでにないぐらいの「危機」とも言える。おおげさ? いやおおげさではない!

特に両親の通院付き添いが続くときがしんどい。それはその場限りで済むことじゃなく、最初に書いたいずれ来るだろう「将来」をも予感させることなので。今もこんな深夜、パソコンに向かっている場合ではないのに。明日は母親の診察があります。

元に戻って、ひとりになったら、もしかしたら親のことを心配する必要がなくなり自分のことだけ考えればいいのだから案外気楽な生活ができるかも知れない。えらく親不孝で楽観的に過ぎる考えですが、そういう面も想像の中に少しは入れておかないとちょっとつらい。なんせ世の中、「おまえの先はないのだ!」的情報に溢れていますから。

実際、年を重ねてひとりで生活している方も近くにおられるし、これまでもそういう人を見て来ました。でも、共通するのは自己管理をきちんとされていること。畑仕事や施設利用なんかをしながら生活リズムを整えたり、兄弟などとのつながりをもっておられること、あるいは行政などとのそれを維持しておられること。どうもやっぱり、なんぼ人との関わりがへたくそといったところで、結局人生というのは人との関わりなわけなので、つながりがやはり大事なようです。それも信頼がおけるそれ。

お金、これももちろん必要だけど、お金はあくまで生きるツールであって主体ではないし、実際、豪邸で孤独死する芸能人なんかもいます。健康を害したとしても保険があればそれが使えるときもあるかも知れないし低所得者用の医療制度も相談すればあるようです(いろいろと条件がきびしいのかも知れませんけども。)。
ただ、家でひとり熱を出してうなされていたりすると、これは厳しい状況だろうなあと想像します。医療とつながるどころか市販の薬や最低限の栄養補給すらできないまま、気づかれないまま数日を過ごすなんてことにもなりかねない。孤独死という言葉もそんなに他人事ではない。

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僕自身は今よりさらに年齢を重ねたらグループホームとかに身を寄せるのがいいのかも知れない。でも今のところ発達障害者専用のそれはないらしいです。特性上、なかなか運営がむつかしい面があるとお聞きします。

それなら今はそうした考えは横に置いておいて、夏前以来のちょっとつらかった状況から少し気力がもどってきた時点で、疲れすぎない程度に作業を区切りながら家のわるいところの修繕を始めたのは、ともかく身近に目標を作りたかったのと、最低限体を動かす体力を維持するということがあります。翌日はぐったりで寝ていることも実際は多いのですが。
それと、「ごみ屋敷」がワイドショーなんかでよくとりあげられているのを目にしますが、僕も、今はそこまでではなくてもこの先どう変わるかわかったものじゃない。もしかすると一人になった時「ごみ屋敷」を構築し始めてしまうかも知れない。実際、ゴミまとめは出来てもゴミ捨てはまかせてしまっていることが多いのだし。だったら今のうちに家の直せるところは直して全体として不要な物はあらかた処分しておきたい。長い間に水がしみ込んでカビの胞子をいっぱい含んだ木材に囲まれて生活するのも嫌だ。

ほとんどが陽が当たらずタイルを貼っていない北側の壁はあと少しで内壁を貼れるところまできました。今日は父親の通院の帰りにまた材料を買ったのですが、当初予定していなかった一部外壁へのコンクリート塗布もすることになり、これがまた自分にとっては大きなしんどい作業です。(このこと自体に防水の意味はあんまり期待できないのですが。)まだしばらくは、しんどくなりすぎないこと大前提で、これをやるのが今の僕の主な仕事。あと、来年に入ればまた定期の作業が入るはずだけど、その時にはできれば壁を新しくした部屋に人をお迎えしたいと思っています。

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